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 かめぱぱの心のファインダー

幸福の科学信者のエッセイブログ

日光にて (二) 

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息子にインフルエンザがうつってしまいました。
まぁ、狭い家の中ですし、おねえちゃんがなったとき、時間の問題でした。
二階は僕と奥さんもマスクをしてます。下には高齢の両親がいるので・・・。
毎年、インフルエンザの予防接種は家族全員しているのですが、僕の弟だけは
しなかったので気を使います。
そういうわけでこの二連休は家の中でおとなしくしています。
今日は支部でエネルギー復活祈願祭があるのですが残念です。
まぁ、しかたないですね。

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いつ見てもここからの精舎はチベットのポタラ宮を思い出させます。
(行ったことはないのですが映像としてたくさん見ました)

D300を導入してから写真の幅が広がりました。
これなら天上界の方々も撮ってみたいと指導してくれると思います。
しかも、おまけでついてきた現像ソフト、Captyure NX が楽しいこと、
僕が習熟してくればイメージどおりの絵作りができるので天上界の
芸術家の方にも意欲は出ると思います。
あとは僕の信仰心の問題ですね。祈願と精進にかかっていいます。

昨日、TVで”花嫁のれん”?という題で能登の老舗旅館に嫁いた花嫁さんの
ドキュメントをやっていましたがとてもよかったです。 気付きをちょっと・・・

いじめから子供を守ろう!ネットワーク
自殺者を減らそうキャンペーンについて
幸福の科学の電子小冊子を読む


旅館に嫁い来て最初に仏間のかかっている花嫁のれんを白無垢に着替えてくぐり、
ご先祖にご挨拶をしてはじめてその家の人間になるのですが、”のれんをくぐる”
ということをとおして一つの気付きを僕はいただきました。
こころを無にしてくぐった向こう側の世界に生きるということです。


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僕は幸福の科学の信仰者ですから、信仰ということでたくさんの気付きになったんですね。
のれんというのは何かと考えたのですけどいろいろありました。
毎日のお祈りであったり、祈願、誓願であったり、支部、精舎に参拝したり
経典を学んだり、実際の菩薩行にとりこもうとするときなのかなと思った。


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主・エル・カンターレと相対峙しているとき、常にそこには信仰ののれんがかかっており、
くぐるということは主の御身体に飛び込むということなんではないかと思いました。
そういうことで自分を捨てる、自分が自分がという”我”を捨てる。素直な心、謙虚な心の
大切さがなんで大事なのかちょっとだけ深まった感じです。


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今、ネオ・ルネッサンスに向かって主の白き手が振られています。
僕自身も日々新しきのれんをくぐり、エルカンターレの信仰者に染まっていき、
本物の信仰者、菩薩への道を突き進んでいかなければと思い至りました。
このブログを訪れてくださる皆様方にもいろいろな意味で毎日毎日、
時を刻むその時その時が常に目の前に新しきのれんがかかっていると事実に
気付かれ、勇気を持って進まれることを願っています。

今日は長くなってしまいましたが楽しんでいただけたでしょうか。 お疲れ様です。
クリックをするということものれんをくぐるということなんですね、次回もお楽しみに!

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