煩悩無尽誓願断

Category信仰


『煩悩無尽誓願断』・・・尽きることのない煩悩を断とうと誓うこと。

仏教の四弘誓願に二番目、ちなみに最初に『衆生無辺誓願度』、
三番目が『法門無量誓願学』、四番目が『仏道無上誓願成』。

四弘誓願には総願とは別に別願というものがあります。
総願はすべての菩薩が起こす願い、共通の願いであります。
別願は個々の修行者が立てる、魂の個性にあった具体的な願いです。

いづれにしても総願と別願には、全体と個人、すなわち利自即利他の精神がしっかりと
流れています。




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ですから利自、自己実現の思いが世のため人のためになる思いであれば
それは煩悩でも何でもありません。

それこそが仏性の成長発展であると思います。
本当に仏性を輝かせるためには「自己限定」、「ねばならない」の思いを捨てることが大切。

仏は多様性を認めておられます。
自己の発展と全体の発展、大調和の世界を望まれています。

そのためにはまず「ねばならない」とう自己限定をはずされることだと思います。
とくに宗教的魂の多くは幾転生の中で仏の本願のために「ねばならない」と
自己を捨ててきました。

しかし、これは魂の成長からみれば非常にいびつな形になっています。
個々の宗教の浸透、教勢拡大という伝道としては正しかったと思いますが、
現在の創造主が降臨されての『地球的正義の樹立』という念いにおいては
過去の遺物でしかありません。

地球的統合、宇宙の一員、この地球から全宇宙に根本仏の教えが発信されるという
奇跡の時代においては新しい宗教価値観に入れ替えなければなりません。



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ですから信仰者は”無我”にならなければなりません。
”無我”になるとは私たち個々人の魂が創造された瞬間に立ち返るということではないでしょうか。

そしてその魂が創造されたときの喜び、幸福をもってエルカンターレの信仰の世界を
まずは己が心の世界に樹立し、同時にこの地球に樹立していくことがこの時代に生まれている
新しい信仰者の生き方ではないでしょうか。

ですから、どんな難題にも今までの古い信仰観で取り組んでいってはならないと思います。
真の意味での「利自即利他」、菩薩の魂へと姿を変えなさいという仏の慈悲心で溢れていると思います。


「ねばならない」という思い、考え方は自我にとらわれています。
「人間罪の子」に対する自己処罰、自己保存の心が流れています。

本来の個性の輝き、仏性を否定、自己否定する方向での活動には煩悩という毒水が流れています。
自己をよく見せようとする執着心で固まっています。

『智慧の法』、『正義の法』そして『伝道の法』ときています。
ここの根本仏の慈悲心を深く感じずにはいられません。

この世的手法の中においても「仏性の強みでもって伝道していく」ことが
幸福であり、この幸福感が人々の仏性に働きかけ、仏の子としての自覚を
与えることになるのでなないでしょうか。

色々と書きましたが簡単に言えば、

「私の教えについてきなさい」
「白き手の元に行動しなさい」

仏の日々の号令の中で自分の強み、自分のできることをしていきなさいということであり、
みんなと力を合わせてユートピア建設していきなさいということであり。
決して、全体主義でも、個人主義でもありません。。




心の指針 14 9  信念と忍耐  You Tube 









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イメージングこそ、あなたの未来の設計図。

繰り返し発射される思念は、必ずや実現するものだ。


『心の指針 17 イメージングの力』 より                  


慈悲とは、実は、「世界観の転換」なのです。「この世に生きている、人も、動物も、植物も、宇宙の人たちも、
あるいは、地球も、太陽も、月も、ほかの星も、すべてのものが、自分という生命を躍動させるために創られている。
そういう、ありがたい世界として、すべてが創られている」という世界観なのです。

「Are You Happy?」2011年6月号より
◇アー・ユー・ハッピー?
 





 

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