四十年後の眼・・・・四十年前の絵ハガキ ②

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この年、父はパキスタンのシャルコットというところにいました。



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カラコラム・ヒマールガッシャーブルムⅡ峰遠征にて 1977年4月30日  




いとこの製作所が現地で品質の高いハサミを作ってもらい日本に輸入するということで

叔父である父は技術指導で英語もしゃべれないのに単身で初めて外国(パキスタン)に行ってしまいました。

シャルコットにはパキスタンの人と結婚された日本人女性がおられ、いろいろと手助けしたいただいたそうです。


日本で五本の指に入る職人さんでしたので品質が高く、安い製品が日本で販売されたので日本の業界では

父は村八分にされてしまいました。

日本に帰ってきてからはその業界で腕を振るうことはできなくなってしまったのです。

しかし、日本の業界は優秀な職人さんを一人抹殺しましたが神様は父に新しい道を与えてくださいました。

その後の父の人生を含めて父の生き方は細かいところは?なところもありましたが僕の宝物の一つです。

この地上に生まれる時の両親選びは間違いのないものでした。



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 カラコラム・ヒマールガッシャーブルムⅡ峰遠征にて  1977年4月30日   




文面に「僕の彼女元気ーーー」と書いてありますが、

奥さんとは山から帰ってきてから西日暮里の駅で出会い(再開・・・中学の2年3年と同じクラスでした。)

でしたので子供たちには突っ込まれました。


僕も山から戻ってきて一か月ぐらい父が世話になった方の家にお世話になりました。

敬虔なイスラム教徒の家庭でしたが無信仰な僕を歓待してくださいました。


後年、幸福の科学の信者になってから太陽の法の英訳版を送らさせていただきましたが

今現在は消息は分かりません。


ヒマラヤ遠征自体は三人の遭難者を出してしまい、登頂できずに現地(パキスタン)解散で日本には一人で帰ってきましたが、

色々なことを経験しました。

そして、帰国後に信仰の世界へのいざないが僕の身に始まりました。


ですから僕の信仰歴は四十年ということになります。

幸福の科学という信仰の最高峰、根本仏信仰に出会えましたので「信仰即人生」で登れるところまでチャレンジしていきます。

仏の慈悲の世界を高いところから俯瞰してみたいのです。

そんな自分の心の世界を今、この人生で作り上げ、その世界に還っていきたい・・・・

仏の一部、無我なる世界の無我なる光の一部になりたいと思っています。


人生はあと53年、

地上、仏国土ユートピア建設、これしか思いはありません。

そんな、僕を理解し、支えてくれる家族や友人に、そして異次元の世界の方々に感謝でいっぱいです。

四十年前も今もそして今から四十年後もこの樹熱だけは変わりません。



『伝道の法』、

今人生を成功させるかさせないかの大切な一書です。

手にするかしないかでもっともっと大きな力強い、本物の自分に出会えるチャンスの書です。

本当の自分と会える喜びは人生を楽しいものに変えてくれます。。





 画像クリックで幸福の科学の公式サイトに飛びます。

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 せいい みほ   




◇心の指針 14 6 You Tube 







イメージングこそ、あなたの未来の設計図。

繰り返し発射される思念は、必ずや実現するものだ。


『心の指針 17 イメージングの力』 より                  


慈悲とは、実は、「世界観の転換」なのです。「この世に生きている、人も、動物も、植物も、宇宙の人たちも、
あるいは、地球も、太陽も、月も、ほかの星も、すべてのものが、自分という生命を躍動させるために創られている。
そういう、ありがたい世界として、すべてが創られている」という世界観なのです。

「Are You Happy?」2011年6月号より
◇アー・ユー・ハッピー?
 





 

 ◇幸福の科学公式インターネット番組「ザ・ファクト」
マスコミ報道では知りえないことがわかるインターネット番組。

☆日暮里発 吹かそう幸福実現の風
更新 new!日暮里から幸福実現の風を送っています。



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